FRAコンサルティングの伊藤由美子です。
 
弊社代表降矢が当ブログで取り上げてまいりました通り、関東大震災から100年の今年、都内外で震災の伝承や防災の啓発の企画が催されてきました。
 

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ようやく秋へと季節が進み、外出しやすい日も増えてきた折、弊社の近隣で関東大震災の実情に触れていただける場所をご案内します。
 
横網町公園 です。
 
この地に明治19年(1886年)に 「陸軍被服廠」 が設置され、陸軍の被服の調達・製造・補給等を担っていました。

 

大正11年(1922年)、東京市は陸軍被服廠の移転に伴い、跡地を買収し公園の造成を進めていました。
その最中に発生したのが、翌12年9月1日の関東大震災、その時この周辺の人々が被服廠跡に避難しましたが、運び込まれた家財道具に飛火し、折からの風速17メートルの強風に燃え広がり、多数の焼死者が出ました。

出典:東京都立横網町公園パンフレット

 
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3万8000人の方が亡くなったと言われています。
 
そしてこの場所に 東京都慰霊堂 (左の写真。完成時は震災記念堂)、 東京都復興記念館 が立てられました。
 
 
 
 

東京都慰霊堂は、大正12年(1923年)9月1日に発生した、関東大震災による遭難者(約58,000人)の御遺骨を納めるための霊堂として、東京市内(現在の23区の中心部)で最も被害の大きかった被服廠跡に、震災7年後の昭和5年(1930年)に完成しました。

当初は「震災記念堂」と名付けられ、横網町公園開園と同日の同年9月1日に落成式典が行われています。

出典:都立横網町公園ホームページ

 

東京都復興記念館は、関東大震災の惨禍を永く後世に伝え、また官民協力して焦土と化した東京を復興させた当時の大事業を永久に記念するため、震災記念堂(現東京都慰霊堂)の付帯施設として昭和6年(1931年)に建てられました。

大震災の被害、救援、復興を表す、遺品や被災物、絵画、写真、図表などが展示されました。
 
その後、第二次世界大戦の空襲により東京都下で亡くなった方々の遺骨を震災記念堂に合祀したため、記念館においても、東京空襲の被害や当時の状況、復興に向けた取り組みを伝える写真、図表などの展示を加えました。

出典:都立横網町公園ホームページ

 

横網町公園までは、弊社からは徒歩20分ほどです。

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なお、10月20日まで すみだ郷土文化資料館 で、企画展「関東大震災100年-本所の被害と復旧、残されたものー」が開催されていて、市井の人々に震災がもたらした衝撃の一端を知ることができます。

企画展「関東大震災100年-本所の被害と復旧、残されたもの-」 を開催します

 
当企画展の内容は すみだ郷土文化資料館だより「みやこどり第66号」 に詳しく紹介されています。
 
 
いつ起きてもおかしくない次の大地震の被害を最小限にできるよう、歴史に学んでいければ、と思います。
 
 
 
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